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塩鯖あーかいぶす

家事と算数とサイエンス

単位の話(算数と理科の隙間話)

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この記事は日曜数学Advent Calendar 2016の12/5の記事となっております。

12/4はicqk3さんの「多項式の素因数集合」で、

ここから2日連続でワタクシ、塩鯖が記事を書いていきます。
1日目は算数と理科の隙間話を。
2日目は「日曜数学会仕度部屋」と題して
今年のLTのバックグラウンドを書いて振り返りをします。

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日曜数学会スタッフのちばです。

今年はいろいろな場面でお世話になりました。

本当にどうもありがとうございます。

 

最初からかっこよく専門書を手にとって

勉強できればなかなか良いとは思うのだけど
昔から普段の生活の中でひょっと興味を引いたものから
火がついたように勉強して
それがどんどん蓄積して雑学満載となっていって現在に至っています。

好きなのは数学とも理科ともつかない話、
どっちにも微妙に関係する話だったりとか
もちろん一番好きなのは
「家庭科と数学」「家庭科と理科」の間の話でしょうか。
そもそも専門だった食品工学は食物、理科、やや情報、さらに数学が
入り混じっていて、すべての応用発展形かもしれないし。

で、今回の話は日々家族相手に話した小話特選集の中からお送りします。

何かがたくさんあるときに一個一個の数を扱うより
「ひとかたまり」として切り出して考えたほうが
取り扱いが楽になったりしませんか?

普段の生活で言うならば、みかんが一杯あったとして
全部の数を知りたいときは数個ずつまとめて袋に入れたり
あるいはダンボールにまとめていれてみたりして
それがいくつあるかを数えたら全体量もわかりやすい。
さらに誰かにあげるときも楽だろう。

「ひとかたまりで考える」って考え方は日常生活でもかなり使う。
家族とかに「一人シュウマイは6こずつね」や
「シュークリーム1箱6こ入り」とか。

この「ひとかたまり」で考える方法が「単位」の考え方になる。
ちょっと定義をするならば。
ある基準の量(単位=unit)を決めて、
知りたい量が何倍になるだろうか?を

表す数値を(numberical value)を決めることである。

今書いてきたのは「ひとかたまり」の数だから
ちょっと詳しく書くと「計数単位」ってことになる。

あたしが以前「分離量と連続量」ってLTをやったけど、
「個」は分離量になるから、数だ。

「数」もあるなら「量」もあるということになる。
今度は分離できないようなもの、
たとえば時間、液体、粉体だろう。

あたしは長男も二男もミルクで育てたので、
当然ミルクを調乳していた。(ミルクをつくる作業を調乳という)
粉ミルクは缶に付属しているスプーン1杯で20ml分のミルクができる。
80mlミルクを調乳したければ、哺乳瓶にスプーンで4杯いれて、
お湯を80mlまでメスアップして、蓋を閉めて振って溶かし、
それから水で冷やすなり温度調整をして出来上がり。
あとは飲ませるだけ。羨望のまなざしで見てるからそこらへんは手早くやろう。

この「スプーン一杯で20mlのミルク」が計量単位となるわけで。
こちらもミルク以外にもある。

あたしは肉屋なもので大変お世話になっている。
「100gあたりいくら」というアレ。

肉屋にある大体のものは連続量としてとらえる。

ソーセージ、ハムは分離量っぽいのだけど

グラムいくらと販売されているので連続量として捉えるのだろう。

すでに袋入りになっている製品は一袋二袋で扱うこともなくはないのだけど。

先日この話をしたら二男がおののいたのだけど、
「1時間あたりにどれだけ距離を進むかな?」を考えるのは「時速」。
これを1分あたりで考えれば「分速」で。
同じような考え方をすれば
「1mlとか1体積あたりの重さはどのくらいだろうか?」と考えるのは

「密度」になる。
これは少し規定があって、
特に温度指定が書いていなければ常温状態(20℃)でのお話。
温度によって違ってくる。
密度に関して言えば、これを使うと重さから体積を求めることが出来るし、
体積から重さを求めることが出来る。使える単位だから

今年はこれを拡張して、空間とか面とか線とか点で考えるっていうのに感動した!
数学やっている人なら知ってる話だろうけどね。

「全体を100としてとか10として、

どのくらいしめるのか?」って考えるのは割合になるよね。

これも大きく言えば単位的な考え方にいたるかもしれない。

 

小学生の一番てこずる項目で「単位量あたりの数」というのがあるけれど
これほど生活に密着している項目はないと思う。
基本、対象量/単位=数値だよ。
割合については次元がない数になるわけなので

小学生としたら捉え方が難しくなるかもしれないね。

 

長く書いたけど、ここまではイントロ(苦笑)
本題はここから。

調理は「容量、時間、温度、重量」が変数になる。
これが明確になっていると作りやすい。

現在はレシピ本とかにポンド、ポンド、分、

℃あるいは華氏、グラム、リットルを
用いて書かれていることが多い。
これはつい最近の話。19世紀になってからのこと。

それまではどうしていたか。
小麦粉一掴みとか
キティちゃんじゃないけど、りんご何個分とか
鶉の卵何個分とかそんなざっくりとした計量で伝えられていた模様。

おばあちゃんに料理を教えてもらうときって
「ここで一つまみ、お塩を入れるんだよ」そんな教えられ方だろう。
おばあちゃんが一人で作り続ければ、ある程度再現性は得られるだろうし、
毎日おばあちゃんのやり方をみていれば、
その「おばあちゃんの一つまみ」が大体わかって
ついには体得できたとしたら再現性はもちろん得られるだろう。

問題はおばあちゃんの料理がうわさになって
誰かから「おばあちゃん、作り方教えて?」と言われたときに発生する。

いつもと同じように「ここで一つまみお塩をいれるんだよ。」って
おばあちゃんは教えてくれるだろう。
へええ・・・って「お塩一つまみ」とかメモを取って帰って、
自宅に帰って、教えてもらってきたおばあちゃんの料理を作ってみて、
お塩を一つまみ入れて味見をしたら・・・
おばあちゃんの一つまみとドンピシャならだいたい塩味も同じになるだろう。
ところがその一つまみがおばあちゃんよりも多かったとしたら、
あるいは少なかったとしたら、とたんに違う味になってしまうに違いない。

「おばあちゃんの味にならない!!」なぜだ?
おばあちゃんのひとつまみの量と、その誰かのひとつまみの量が違うからだ。
再現性を持たせるにはどうしたらいいか、
そこでカップを使って計量するという方法が考え出された。
同じカップを使って計量し、

調理すれば誰が作っても再現性がある程度得られるだろう。

 

今でもアメリカなどのレシピ本は
カップやティースプーン計量でかかれているものが多いし、
よくスーパーなどに販売されているキャンベラのスープは
濃縮型で、缶一杯の水あるいは牛乳を加えて温めて食べるような仕様だ。
あたし思うにその名残だろう。

難しかったのは温度と時間だ。
オーブンの温度は隅の方に小麦粉を一掴みいれておき、
その小麦粉の焦げ具合を温度の指標にしていた。

時間についてはどうするか?
Eテレの0655(2355)という番組で「アルデンテのうた」というのがあった。
♪アルデンテ アルデンテ パスタのたましいアルデンテ♪

ではじまる歌なのだけど
その最後の方に
♪この歌を15回歌うとアルデンテ アルデンテ♪とある。
まさしくこの方法を使う。

一昔前のアメリカ、ヨーロッパの国々では

賛美歌の何番を何回繰り返す・・という方法で
調理時間を計っていたという記録がある。

ここで疑問が生じると思う。
「これって誰が歌ってはかっても同じになるの?」と。
ところがそうでもなかったらしい。なぜか?

小さいころから教会にかよって、賛美歌に触れる機会は多い。
で、何度も何度も繰り返し歌ってきている。
儀式的なものなので大きくリズム、速さが変わるものではない。
「賛美歌何番」といわれたら、もうそのリズムがみんな定着している。
「あぁ、あの速さで歌うのね」とみんなが想像でき、
みんなが実施できるとしたらどうだろうか。
その場合は指標となりえてしまうのだ。

数値化できないようなものだとしても
みんなの共通イメージが一致し、
実施できる、
あるいはみんなのイメージを一致できるように
トレーニングして、みんなが実施できるようになったとするならば、
単位として成り立ってしまうかもしれないのだ。

もちろん、それがなかなか難しいから、
数値化したら早いかもってところに至るわけなんだけどね。

お話は以上おしまいなんですけど、いかがでしたか?

オットがこの話を聞いて、苦笑しながら言ったのが
「非科学の皮をかぶった科学的な話だねえ」とのこと。
確かにそういえるかも。

日々ちょっとした小噺をすることでLTに備えています(苦笑)

明日もあたしが担当します。
数式が一個も出てこない話で恐縮です。

明日もお楽しみに。ではでは。